天網恢々 ( FEB-2026 )
『天網恢々疎にして漏らさず』
天の網は広く広く、その目は粗くとも何も漏らさず、誰も逃れることは出来ない。
これは現在の中国あたりの思想らしい。
所変わって、現在のインド・パキスタンあたりの話。
インドラ世界の天井には“因陀羅網”という網が掛かっている。
広さは計り知れず、結び目の数も無数。
その結び目の一つ一つに宝石が吊り下げられており、その宝石の内の様子を表して輝いている。
同時に、他の結び目の宝石の輝きを受け、これを反射し映し出している。
他の無数の結び目の宝石もまた同じ。
互いの輝きを受け、反射し映し出している。
“重々無尽”。無限の連鎖だ。
この荘厳な様子を表して、“雑華厳飾”。
雑華? 雑多な、どうでも良く、要らない華、と言うことではない。
植物愛好家の皆さんに「雑草という草はありません」と叱られてしまうよ!。
金子みすゞの詩にもあるように、それぞれの華がそれぞれに咲いている。
これが荘厳だと言っている。
しかもこれを受けて、それぞれの宝石の内は“十界互具”だと言う。
互いが、互いの十界を具えている、と言うこと。
十界? 四聖と六道、合わせて十界。
四聖のことはさて置き。六道。この中に天がある。
天の住人は、貪(むさぼり)が無く、瞋(いかり)が無く、痴(おろか)でない。
しかし、天には“天の五衰”というものがあり、天の住人はその様を見て、滅びゆくことに怖れ戦いている。
これこそ、天が六道の中にある理由だ。
今時のテレビドラマでは、人がその生涯を閉じると「天国に行った」事になっている。
出来の良くないシナリオライターしか居ないのか。それともプロデューサーが馬鹿なのか。
『天国良いとこ、一度はおいで。酒は旨いし、ねえちゃんは綺麗だ。ワッ ワッ ワッワッー』
これが、私の知っている天国。