旨いと甘い

うまい と あまい、この2つの言葉、倭言葉では同一の起源を持つのだそうな。

一説によると、ヒトの味覚の感度というのは通常摂取出来る量に反比例して出来上がってきたのだそうですよ。
つまり、大量に食べることの出来るものに対しては鈍く、逆に少ししか手に入らないもの、あるいは食べてはいけないものに対しては鋭敏になったということですね。苦みというのは、毒の代表選手といったところですかね。

よく、我々日本人は西欧人にはない甘鹸酸辛苦の五味に次ぐ第六の旨味という味覚を持っている、などと自慢している人がおりますが、これなども裏を返せば、少ない植物性蛋白質又は魚介類を有効に利用してアミノ酸を得ていた日本人に対して、主に畜肉に代表される動物性蛋白質を主食としてアミノ酸を得ていた西欧人との差ということになりますね。実に旨味というものがアミノ酸に由来し、西欧人はそれを大量に摂取してきたが為に、旨味という味覚に敏感になる必要がなかったというところが真実なんですね。

さて外国人のことはいざ知らず、我が家より数百キロの範囲に大昔住まい居りました我らが祖先にとって、やはり甘いものというのは貴重だったんでしょうな。和菓子の世界では、甘さは柿の甘さを越えてはならない、ということも納得できる話ではありますよ。ここが、この話の主題であります。

よくテレビのグルメ番組などで、レポーター役のタレントが対象物を口に入れたとたん、「あま〜い」などと叫んでいる場面に遭遇しますよね。これとて素材の持つ微妙な旨味をただ甘いとしか表現できないだけの話で、よしんば糖度があったにせよ柿のそれに比ぶべくもないはずだと思います。ま、「あま〜い」と「じゅーしー」しか言えない能無しタレントのことなんかどうでもいいんですが、その後がイケナイ。

これが世の家庭の食事担任者と食料品製造業者に大きな誤解を生ませるタネになっているんですな。旨いものは甘くなくてはいけないと。
しかして、砂糖を入れる。何にでも入れる。大量に入れる。もう素材の旨味などブットンでしまってますね。

大体にして、砂糖を隠し味に使うということは料理人の高等技術と聞き及んでおります。砂糖の甘さは隠れているから隠し味なんで、それが表にシャシャリ出てきた日にゃ料理は台無し、もう下品この上ない味に相成ります。

かくして、日本人の味覚の大崩壊は進行してゆくのでありますよ。

高級料理にはあまり縁のない私ですが、ジャガイモコロッケぐらいは甘くないものを食べ続けていたいですね。
勿論、十分甘みを引き出さなくてはならない料理が沢山あることも承知していますよ。念のため。

どうも取り留めのない話になってしまいましたが、皆さんのお考えや如何に。


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